──それでも人が怒り続けてしまう本当の理由
理不尽なことを言われたとき。
思い出しただけで、また腹が立ってくる出来事。
怒りは、突然やってきて、
気づけば何分も、何時間も、
ときには何日も頭から離れなくなる。
多くの人はこう思っている。
「怒りは抑えられないものだ」
「落ち着くまで待つしかない」
だが実は、怒りについて
少し見方を変えるだけで、
まったく違う捉え方ができると言われている。
怒りという感情は、実は長く続かない
脳科学や心理学の分野では、
怒りや恐怖といった強い感情は、
体内の化学反応として見ると、
およそ60〜90秒程度でピークを越える
と説明されることがある。
怒りを感じた瞬間、体の中では、
- 脳が刺激を受け取る
- 化学物質が分泌される
- 心拍数や血流が変化する
といった反応が起きる。
だが、それらの反応は
永遠に続くものではない。
生理的な意味での
「怒りそのもの」は、
実は短命だと考えられている。
それでも怒りが何分も、何時間も続く理由
ここで、自然な疑問が生まれる。
「じゃあ、なんであんなに長く怒っていられるのか?」
答えは、
**感情そのものではなく、その後の“思考”**にある。
怒りが湧いたあと、
私たちは無意識に、頭の中でこうした会話を始める。
- なんであんな言い方をされたんだ
- あの人は間違っている
- 普通はこうするべきだ
- 前にも同じことがあった
この頭の中の反芻が、
怒りを何度も呼び戻している。
怒りが続いているように感じる正体
90秒を過ぎても怒りが続いているとき、
実際に起きているのは、こういう状態だ。
- 怒りという感情自体は弱まっている
- しかし思考が、その出来事を思い出させる
- そのたびに体がまた反応する
結果として、
「まだ怒っている」という感覚が続く。
つまり、
怒りは自然に終わりかけているのに、
思考によって延長されている
という状態だと言える。
怒りの裏で働く「左脳」と「右脳」
ここで、脳の働きについて
少しだけ触れておきたい。
一般的に、脳は次のように説明されることが多い。
左脳の働き
- 言語
- 論理
- 分析
- 過去をさかのぼる
左脳はとても真面目で、
「なぜ起きたのか」
「誰が悪いのか」
「正しさはどこにあるのか」
を考え続ける。
怒りが湧いたあと、
出来事を何度も頭の中で再生してしまうとき、
この左脳が活発に働いている状態だと考えられる。
右脳の働き
- 感覚
- 直感
- 空間把握
- 今この瞬間の体験
右脳は、
「今、体がどう反応しているか」
「この感情がここにあるな」
と、評価せずに感じ取る側面を持つ。
右脳は、
感情を必要以上に物語化しない。
怒りが「感情」から「苦痛」に変わる瞬間
怒りが90秒を過ぎても続いているとき、
多くの場合、
- 右脳的な“感じる反応”よりも
- 左脳的な“考え続ける反応”を選んでいる
状態になっている。
怒りそのものが問題なのではない。
怒りについて考え続けることが、
苦痛を引き延ばしている。
この仕組みに気づくだけで、
選択肢が生まれる。
怒りの瞬間には「選べる余地」がある
怒りが湧いたとき、
私たちは完全に無力ではない。
実はその瞬間、
次の2つの方向が存在する。
1つは、
その怒りについて考え続けること。
もう1つは、
「今、怒りが出てきているな」と気づき、
それ以上、物語を作らないこと。
後者を選んだからといって、
怒りを無理に抑えたり、
ポジティブになる必要はない。
ただ、
それ以上思考を続けないという選択をするだけだ。
感情に浸ることと、苦しみ続けることは違う
怒りを感じること自体は、悪いことではない。
問題になるのは、
- 「許せない」という評価
- 「また起きるに違いない」という予測
- 「自分は大切にされていない」という物語
こうした思考を、
何度も巡らせてしまうことだ。
それによって、
一瞬の感情が、
長期的な苦痛に変わってしまう。
怒りを止めようとしなくていい
大切なのは、
怒りを消そうとしないことだ。
- 怒りが出てきたら、出てきたと認める
- 体の反応に気づく
- それ以上、頭の中で裁判を始めない
それだけで、
怒りは自然と役目を終えていく。
感情は、
本来そういう仕組みになっている。
苦しみを生むのは、感情ではなく「反芻」
もし今、
- 同じことで何度も腹が立つ
- 何時間も考え込んでしまう
- 寝る前に怒りがよみがえる
そんな状態があるなら、
それはあなたが弱いからではない。
ただ、思考が自動再生されているだけだ。
そしてそれは、
気づくことで止められる。
怒りは敵ではない
怒りは、
「何かがおかしい」と教えてくれるサインだ。
だが、そのサインを
何度も読み返す必要はない。
90秒で終わるものを、
何分も、何時間も延ばす必要はない。
怒りが湧いたとき、
「この感情を今も再生し続けるかどうか」
その選択肢があることに気づくだけでいい。
それだけで、
心は少し自由になる。



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